電話やメールが苦手な方へ

今回は、電話やメールについて書いてみたいと思います。
離れた場所にいる人とやり取りをするのが普通の時代になってきましたが、「電話を取ったり、メールを開いたりするのが苦手だ……」という方はいらっしゃいませんか?

(「え!?何のこと?」という方は、今回の記事は恐らくあまり必要がないと思いますのでスルーでお願いします。^^)

電話は新人さんが取ることになっている職場等もあると思いますが、特に4月のこの時期は、ドキドキしている方もいらっしゃるのではないかと思います。
私も若いときにオフィスで緊張して固くなっていたら、先輩に「大丈夫。大丈夫。100回取ったら慣れるから!」と言われて「え~、100回!!」と思ったのですが、それは本当でした。^^
回数をこなすうちに、応対のパターンも含めて身についていくわけです。

またその後、短期派遣で電話の受信オペレーターのようなこともしていたのですが、そのような場合、 “自分がいつでもしゃべれるモード” に最初から入っているんですね。
つまり、やり取りをする準備が完全に整った上でお話をするわけです。
すると、受話器を取るのに全然抵抗を感じないのですが、逆に全くそのモードではないときには、構えてしまったり一苦労したりするのだと思います。

携帯電話やポケベルがまだなかった小学生時代、私は「文字でやり取りをするおもちゃがあれば楽しいのに……」なんて思っていたのですが、理想の時代を生きるようになった今も、物理的に離れた相手とのコンタクトは「今からあなたに話しかけますよ」「今話しかけてもいいですか?」というサインもないままに始まることが多く(また文字でのやり取りは相手が目の前にいない分、対象に向かっているようで自分に向かっているようなことも多いと思います)目の前にいる人に声をかけたり、かけられたりするのとはかなり違いがあるようにも感じるのですが、電話やメールが苦手だというケースの多くは、やはりここら辺に要因があるのではないかと思います。
(苦手というよりも「何かに集中しているときに話しかけられると、単に気が散ってしまうから好まない」という方もいらっしゃると思いますが。^^)

そしてさらに続けていきますが 、今度はこれについて少し違う角度からも見てみたいと思います。 
今までとは反対の嬉しい連絡の例ですが、誰かから絶妙のタイミングで良いお知らせが来ることはありませんか?

以前、 “鼻歌をいつの間にか歌っている自分に気がつくと、数時間内に(当時の)恋人から連絡が来る” ということが頻繁にあって「そっちが連絡をしようと思うのと、私が鼻歌を歌うのはどっちが先に起こるんだろう!?」と言い合いながら「もしかしたら、それは同時に起きている可能性もあるね~」なんて笑ったことがあるのですが、私たちは、やってくることを本当の本当に前もって知らないと言い切れるでしょうか?

誰かのことをふと思い出した後にその人から連絡が来たり(私は日中猛烈に眠くなった後で、滅多に会わない人からコンタクトが入ることもよくあります)いつもと違うことが起きた後に、まるでそれがサインのように新しいお知らせが入ったりすることもあるかもしれません。……といったことを掘り下げていくと、私たちが思っているよりも深いところで、交流というものは実際よりも先に始まっていることもあるのではないかな、と度々感じます。

そして、そうだとすると “突然” とは、実は本当の突然ではないかもしれませんし、一方的に話しかけられるように感じるときも、何かがかみ合って起きている可能性を見ていくこともできると思うのですが、ただ、たとえそうであったとしても、やはり意識的にはびっくりしてしまう、ということもあるとは思います。^^

かく言う私もかなり前の話ですが、嬉しくない連絡を立て続けに受けているうちにすっかり調子を崩してしまい、電話やメールの着信音やバイブそのものがとても苦手になってしまったことがありました。
そして、着信音が鳴る度に「誰だろう!?」「何だろう!?」と気を研ぎ澄ましていたら、何となく話の用件にまつわる雰囲気のようなものまで先に感じるようになってしまい、それによってますます警戒度が増していく……というスパイラルに陥っていってしまいました。
(自分の敏感さでこんな風に苦しくなってしまっている方は、実は意外とたくさんいらっしゃるのではないかな?と思います)

ちなみにですが、そこから抜け出すために、私は最終的に家の中では付箋紙に “いいことが起きた” と書いて携帯電話に貼っていました。
そのときの自分を思い返すと、ちょっと涙ぐましい努力なのですが(←しかもそんなことをしている姿はあまり人に見られたくない。笑 ……どなたかの参考になるかもしれないと思って今書いていますが。^^)これは結構効きました。

“いいことが起きた” は、やってくる内容問わずです。
(もちろん、ここでは「その内容全てにYESと言おう!」「やってくる全ての誘いにのろう!」といっているのではありません。そういう映画もありましたね。ジム・キャリーの「イエスマン」でしたっけ!?^^)

この “いいことが起きた付箋” をちらりと見てから電話を取ったり、メールを開いたりすると、何かを突然一方的に受け取ってしまう感じがかなり減るのです。
これを見てから対応することによって主体的にそれと自分が関わる意識が高まりますし、それがどんな内容だったとしても、自分にとってのいいことに変えていく(それが何を意味するかを検討することも含めて)その力が自分にあることを思い出しやすくなります。
(「電話やメールが苦手すぎる」という方は、もちろんその背景で何が起きているかを見ていくこともできますが、もっと大丈夫になるまで自分なりのお守りのようなものを使うのもいいかもしれません)

というように、特に受け手としての電話やメールについて書いてみましたが、逆に「電話をかけたり、メールを出すほうが苦手だ」という方は、お仕事等は別として(それぞれの決まりがあったりすると思いますので、ここでは細かく触れませんが)日常では連絡先を交換するときに「どちらかというと筆無精・連絡無精」である旨を先に言ってしまうのもいいかと思います。
(また「大事な話は直接会った方が言いやすいです」「電話は○時から○時までを希望します」「○時以降は寝てしまいます」「すぐに応対ができなくても、○○時間内の返信を心がけています」等と話して、「たとえレスポンスが速くないときがあったとしても、それはあなたを大切に思っていないからではない」と伝えることもできると思います)

今は電話やメールの他にライン等も盛んですが、これは本当に楽しめる人と、そこまでではない人、相手や場合によったりする人もいると思うんですね。
「返信の早さ」や「連絡の頻度」が相手を思う気持ちとはっきり比例している人と、必ずしもそうではない人もいるという認識が広がっていくと、ありがちな「すぐに返信が来ないのは、きっと○○だから」等と揉めたりすることが減っていくのではないかと思います。
(「相手の人が○○する(しない)のは、○○だからに違いない」というのは、その人の世界観をもとに作り上げたストーリーだったりすることも多いのです。^^)

また「とにかく相手の反応が怖い」という方もいらっしゃるかもしれませんが、他の方は自分とは違う人間ですので、思わぬ反応をする可能性があることはあらゆるコミュニケーションにおいて言えることです。←それを大前提としてしまったほうが、相手の反応に自分が驚いてしまう可能性は減っていくと思うのですが、それでも時には何かをはっきり表現しなければいけないこともあるかもしれませんし、メール等を送る際に悩む場合には(受け取ったときの感じを確かめてみるために)何度か自分自身に送信をしてみて自分が納得してから送ったりするのもいいかと思います。
(でも、あまりびくびくしなくても、機械の向こうにいるのは血の通った同じ人間ですので、通常の場合は、基本的な礼儀と誠意と愛情を持って説明をしたり、コンタクトをしたりするとスムーズに行くことのほうが多いと思いますよ。^^)

なんて延々と書きましたが、「電話やメール、もっと楽にできればいいのに~」という方も、もちろんそれに越したことはないかもしれませんが、人生には色々なときがありますし、あまりポジティブに考えられないときには、考えられない自分を責めることはないと思うのです。
そういうときには、今の自分ができることや、自分にとって安心できるやり方を少しずつでも増やしていけばいいと思うんですね。^^

そして、このような記事を見たりしているうちに、電話やメール(もしくはその対象である相手)との自分にとっての心地良い関わり方を見出したり、昔の私のように、新人の方が電話を取ることが苦労していたのがウソのようになったりすることもあるかもしれませんし、とにかく今苦しんでいる方のお役に少しでも立ちましたら幸いです。

またカウンセリングでは、個々人に起きていることをもう少し深く見ていくこともできますので、「何だか辛いなぁ……」というときには、この件に限らずぜひセッションにお越しください。

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志野